本日紹介いたしますのはこちら、「三鬼本家の食卓」です。
エンターブレインさんのビームコミックスより刊行されました。
作者は犬童千絵(いぬどう ちえ)先生。
犬童先生は本作で連載デビュー、初単行本刊行となった新人漫画家です。
さて、本作はとある定食屋のお母さんが再婚することをきっかけにおきる、一連の出来事を描く作品です。
母一人で男三人を育ててきた三鬼本家、そこで起こるトラブルとは?
いかにも不良と言った感じのリーゼントの男に、顔面を蹴っ飛ばされる男、高洲礼次郎。
生まれてからこの方、恵まれた境遇で順風満帆に人生を過ごしてきた彼が、一体何故今になってこんなバイオレンスな目に会うことになってしまったのでしょう。
その発端を知るには、ほんのすこし前にさかのぼる必要があるようです。
ひとつのちゃぶ台を囲む数人の人物。
特に目を引くのは、肌を真っ黒に焼いたガラの悪い龍仁、リーゼントを決めた目つきの悪い鷹義、坊主頭で寡黙で巨体の寅信の三兄弟。
強面ぞろいですが、皆さんまだ未成年です。
そんな彼らに頭を下げているのが、彼らと比べるとどうしても貧弱に見えてしまう礼次郎でした。
両手をついて頭を下げているのには、もちろんわけがあります。
そのわけとは、
彼らの母親である智子との再婚を認めて欲しい、と言うものでした!
すぐに認めてもらえないとは思う、努力するから少しずつ認めて欲しい……と言う決意表明をする礼次郎ですが、その言葉が言い終わる前に襲い掛かってきたのが冒頭のとび蹴り!
思わず智子とのなれそめを走馬灯のようの思い浮かべてしまう礼次郎。
小料理屋をたった一人で切り盛りする智子と、そのお客さんだった礼次郎が、徐々に心を通わせて行き、やがてプロポーズにいたるという、実にスタンダードながらも心温まるエピソード。
ですが、その結果がこのキックだったわけで。
鷹義は中指を立て、よりによってこんなヒョロヒョロのガキを連れてきて結婚なんて笑わせるな!と言い放って飛び出していってしまいました。
とりあえず他の2人の息子さんは、頭から反対と言うわけではないようです。
長男の龍仁は、鷹義は口より先に手が出るとぼやきながらも、もっとあんたのことを知りたいから自己紹介してくれと言ってきます。
で、その龍仁にはなんだかお色気たっぷりな異国の女性が張り付いております。
彼女は龍仁の彼女のアンジェラだそうで。
龍仁は、自己紹介が始まる前にアンジェラに礼次郎の印象を聞いてみました。
するとアンジェラは、「アソコ小さそう」「女に振り回されそう」「全然タイプじゃない」と散々いいまくり。
ですがそのあといきなり「いい匂いがする」といいだすのです。
とは言えそれは人間的な魅力を意味するものではなく、「金の匂いがする」と言う意味なのですが……
礼次郎はタカスコーポレーションという超一流企業の息子でした。
アンジェラは、龍仁はプレゼントをくれる、お前は龍仁よりずっと金持ちだ、女に惚れたら金を使え!となぜか上から目線でアドバイスをしてきます。
礼次郎もそれが彼女のためになるなら、と早速そのアドバイスに従うことにしてしまいました。
礼次郎が手を入れようと思ったのは、長年智子が護り続けてきた厨房です。
もともとはお亡くなりになった旦那さんと使ってきた厨房。
改めて見直してみれば、女性一人で使うには大分不便なところが多数存在します。
高いところの食器には手が届かないだろうし、調理場や冷蔵庫なんかの位置関係も改善の余地あり。
そう感じた礼次郎はすぐさま無駄を省き、智子が働きやすいよう効率化することを決心しました!
いいのよ、と断ろうとする智子ですが、自分の出来る限りのことであなたの力になりたいんだ、これは自分のわがままだ……と、礼次郎はすぐ工事の手配を始め、突貫工事を命じたのです!
飛び出した勢いで友人の家に転がり込み、不良らしく酒をかっくらって荒れ狂っていた鷹義。
長いこと友人に愚痴っていたせいでとりあえず落ち着いたのでしょう、ようやく日も完全に暮れてから家へと戻ってきました。
玄関を開けてみれば、そこで待ち構えていたのは満面の笑みの礼次郎と……オール電化されてキレイに整ったネオ厨房でした!!
厨房はすっかり完成しており、もう明日から使えるようです。
礼次郎は自信満々に解説してくれました。
電化厨房なら当社はドコにも引けを取らない、従来よりずっと効率の良い環境になる。
調理器はすべて熱効率の高いIH[に、操作性抜群、タイマーなどのオプションも充実し、省スペースで収納も使いやすく。
さらにオーダーはコンピューターで管理され、モニターに表示される……
まさに至れり尽くせりの生まれ変わりぶりですが、この改造が鷹義には気に入らないようです。
今はこんなありさまですが、幼く純真だった頃の彼の、父親との思い出がたっぷりとつまった厨房。
それをいきなり面影ひとつ残らない状態に変えられてしまったのですから!!
礼次郎は金を使って俺たちを買収するつもりだろう、と迫る鷹義。
それだけでは飽き足らず、そんな簡単に父親のことを忘れてしまうのか、と母親に対しての怒りも露にします。
なにやら長物を取り出し、厨房を壊そうと暴れる鷹義。
それを止めたのは、今まで無言で流れを見つめていた寅信でした。
兄貴に意見する気かよとすごむ鷹義ですが、寅信はこう返してきます。
兄ちゃんは知らないんだ。
任ちゃんが手伝いもせずバイクで遊びまわっている間、母ちゃんがどれだけ不自由していたか。
母ちゃんが疲れて倒れるくらいなら、礼次郎の言うとおりにしたほうがいい。
思い出よりも、今の母ちゃんの方が大事だ、と。
思い出は確かに大事ですが、今や未来の方がより大事。
まったく反論の余地がない正論を浴び、鷹義はここに俺の居場所はないんだなとはき捨ててバイクで去っていってしまいます。
そんな憎まれ口を叩いても、危ないことはしないで、と心配する声を投げかけてくる母を振り返りもせずに。
それでも智子はすぐに笑顔で礼次郎を振り返り、夕飯の時間だと家に招き入れました。
食卓を囲むのは、智子と礼次郎、そして寅信の三人だけ。
智子はさびしそうな表情を浮かべ、孝義が荒れるのも仕方がない、こんな風に食卓を皆で囲めるのは週一回の定休日だけだったんだから……と語るのです。
ですが礼次郎は、こんなおいしいご飯なら龍仁や鷹義もきっと一緒に食べたいはずだと自分に言い聞かせるように紡ぎます。
箸をおいた礼次郎は、いきなりともこの手を握って宣言を始めました。
仕事と家庭を大切にする貴方を本当に意味で幸せにする。
三兄弟にも父として認めてもらい、5人で食卓を囲めるようにする、と!!
智子を顔を赤らめ、顔を背けて食事中だからと恥ずかしがり……
なによりそれを見ていた寅信もなんかおっそろしい貌をしてそれを見つめておりまして。
礼次郎の決心は、そう簡単に果たせるものではない予感を感じさせてしまうのでした……
というわけで、23歳と言う若さの礼次郎が、自分とさほど変わらない三人の男子にオヤジと認めてもらうため奮闘する本作。
わかりやすく反発している鷹義が最大の肝なのは確かですが、むき出しの敵意こそないもののいかにも裏で何かやってそうな龍仁、口数少なく胸の内まではわからない寅信もハイOKと認めてくれるわけもないでしょう。
龍仁の抱えている大きなトラブル、寅信が秘めている願望……それらを解決しないことには話が進みません!
金持ちのボンボンである礼次郎はさぞや苦労するでしょう……が、苦労するのはともかくとして、この礼次郎はただのあほなボンボンではないのです!
超人格者の両親に育てられ、生まれながらの金持ちゆえのズレはあるものの、それを差し引いても相当な人格者なのです!
誠実で真面目で、立派な考え方まで完備している礼次郎。
肉体的なものや、経験と言った面で未熟なのが不安ではありますが、智子への愛もある彼ならばきっとやってくれるはず!!
智子もまた、ただ優しい人ではなく、しっかり芯のあるところもみせてくれまして、各キャラそれぞれの見せ場を盛り込みつつ、一冊できれいにまとめて終わるストーリーとなっているのです!!
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200ページ超のボリュームで、見事なラストを迎える本作。
それぞれのエピソードのその後を描く描き下ろしなども収録し、かゆいところに手が届く一冊と言えるのではないででしょうか!!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!