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本日紹介いたしますのはこちら、「水木しげる漫画大全集 戦記短編集 幽霊艦長 他」です。
作者は水木しげる先生。
講談社さんより刊行されました。

さて、本作は水木先生が十八番にしている怪奇モノとは別の、もうひとつの柱として描かれていた戦記モノを1冊に集めた作品です。
67年から95年にかけて、様々な媒体で発表されてきた作品を16編収録している今巻、エンターテイメント色の強い作品から、水木先生の実体験に基づく作品まで幅広く収録されております。
そんな中から今回は、本作の中で水木先生の実体験が最も詳しく描かれている「地獄と天国」を紹介したいと思います!

時は昭和19年、ところは赤道直下、ニューブリテン島のジャングル。
その密林の中で息を潜めるように、水木先生の所属する小隊10名は過ごしておりました。
仮の宿としている家は、中隊から50キロは離れている上、この先の兵たちは皆行方不明になってしまっている……という最前線にあります。
敵の真っ只中にいるようなものだ、枕もとの銃には弾をこめて寝るんだ!と分隊長は力強く発言していました。
ところがその時水木先生はといいますと、
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真剣なムードのただ中で一人高いびき!
流石にぶったたかれ、不寝番の順番を最後に回されてしまうのでした!!

そんな夜、犬の吼え声を聞いて水木先生は飛び起きました!
夜に犬が吼えるなんて普通じゃない、何かあったのかもと分隊長を起こすのですが、分隊長は出すぎた真似をするなと怒り始めました。
過去にも戦地にいった経験のある自分には、敵が前にいるか後ろにいるかぐらいわかってる、一兵卒は黙っていろ!!とまた眠り始めてしまうのです。
なんだバカ古兵!……と水木先生は心の中で反抗するのでした……

そして水木先生の不寝番の順番が回ってきます。
と言っても最後の順番ですから、要するに物凄く早起きさせられると言うことで。
さっさと歩哨に立てと上官にぶったたかれたのを目覚まし代わりに見張りへと向かう水木先生。
敵地での見張りと言う超重大な任務にもかかわらずそこはさすがの水木先生、鼻歌交じりで気に止まっているオウムなんかを鑑賞したりしまして……のん気なものです。
天国と言うのがあるならこんなところだろうななどと呟きながら景色を楽しんでいましたら、いつの間にかみんなを起こす時間を5分も過ぎていました。
そろそろ起してやろうか、とのんびりお小水なんかをたしなんでからそちらへ向かいますと、なんだか聴きなれないパラパラと言う音が。
この期に及んで豆まきでも始まったのかとのたまう水木先生ですが、すぐにそれどころではないと言うことが解ります!!
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ぱらぱらと言う音はやがてバンバン、ダダダと言う激しい音へと変わっていき……
水木先生のところにもその音の源、銃弾が雨のように降り注いできたのです!!
どうやら昨晩の犬の吼え声はやはり意味あるものだったということでしょう。
夜のうちにすっかり敵の包囲網が出来上がっていたと言うことのようです!!
水木先生はいちもにもなく近場の断崖から飛び降り、海中へ。
水の流れに翻弄され、銃を流されてしまったりと大変な目に会いながらも何とか地面に這い上がり、とりあえずの難を逃れた水木先生。
基本楽天家の水木先生ですが、ここで楽天的にならなかったのはさすがというしかないでしょう。
敵は小部隊を一人残らず殺してしまう戦法だからいまだに敵の戦術がつかめなかったのだ。
おそらく隊は全滅だろうが、死体の数を数えて追っかけてくるだろう。
殺されてなる物か、アメリカ軍だって日本軍だって、俺をいじめるやつはみんな敵なんだ!!

いままでそのマイペースっぷりで上官たちに苛め抜かれてきた水木先生、ただでさえ薄かった忠誠心はもはやゼロ!
後ろを振り返ることなく、一人でガンガン逃走を続けます。
ですがこのあたりは原住民にすら敵国の息がかかっており、逃げ道の先にはそんな敵の村がありまして。
その村の脇を通過することには辛くも成功。
ところが今度は断崖の一本道で前方から松明を持った集団がやってくるのが見えるではないですか!
やっと潜り抜けた敵地の村に戻るのは自殺行為です。
だからと言ってこのまま進んではそれこそ死にに行くようなもの!
そこで水木先生は決死の覚悟をもってひとつの賭けにでることにしました。
断崖の崖にぶら下がり、通り過ぎるまで見つからないように祈りながら耐え忍ぶ、という!!
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吹き荒ぶ風。
ゆっくりと歩いていく数名の人影。
息詰まる空気の中、ただ神に祈る水木先生……
……運がよかったのでしょう。
幸い水木先生は見つかることなく、3度目の命拾いをすることが出来たのでした……

次の窮地は、やはりまた別の敵の村の横を通るときでした。
何とか見つからないように、陸地に沿って海の中を泳いでいた水木先生。
ですがそれは敵からも見破られていまして。
水木先生の泳ぐ速度にあわせ、竹やりを持った原住民がついてくるのです!!
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何とかごまかそうと、たまたま浮かんでいた椰子の実と同じくらい頭を出して泳いでみたりもしましたが、やはりごまかしきれません。
ついには夕方になってしまいました。
このままでは味方の中隊までたどり着くにはワニがうようよいる川を通らなければならなくなってしまい、そうなればやはり命はありません。
このままではかなわない、すこし休もうと浜辺に上がった瞬間、待っていたとばかりに二十本ぐらいのたいまつが水木先生の元に投げ込まれ、数十人の原住民が水木先生に掴みかかってきたのです!!
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やはり待ち伏せされていました!!
慌てて海中に舞い戻る水木先生!!
ですがその時、水木先生の体に何故か夜光虫が張り付いてきまして、いる場所がまるわかりになってしまうのです!!
今までは海中までは追ってこなかった原住民ですが、とうとう彼らはカヌーまで出してきた様子。
このままではもうどうにもなりません!!
こうなったらと水木先生は再び決意!!
大木の陰に……敵のいる陸に上陸することにしたのです!!
待ち構えている原住民達、もはや服も脱ぎ去り銃剣一本しかもっていない水木先生……
果たして水木先生はこの大ピンチから逃れることが出来るのでしょうか!?

と言うわけで、水木先生の幾度となく生死をさまよう体験談を描いた本エピソード。
この後も水木先生の前には生き死にを左右する事件が次々に起こります!
どこから現われるかわからない敵、一方踏み間違えば死へ直行する危険な道のり……
さらに仲間であるはずの中隊に命からがら辿り着いた後にも危険は待ち構えております。
突然襲来してその身を蝕むマラリヤ、容赦なく爆撃を行う敵軍。
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その戦いで水木先生はとうとう片腕を失い、更なる生死の境目をさ迷い歩くことになるのです!!
単なる軍記モノとは違う、水木先生の実体験ドキュメントと言った風情のこの作品。
昨今では戦争の是非と言うもの迫る目的で読まれることの多い気がする軍記モノではありますが、本作はむしろ水木先生の壮絶な体験を垣間見ることのできる、違った意味合いでも興味深い作品となっているのです!!

この他、エンターテイメント色の強い不敗を誇っていた艦長の戦いを描く表題作「幽霊艦長」、運よく命を拾った青年の非情すぎるその後を描く「ごきぶり」、軍と戦地に取り残された現地の一家族との複雑な関係を描写する「レーモン河畔」等など読み応えのあるものばかり。
いつも水木先生作品のようなコミカルさとシリアスさの混じるお話から、シリアス一辺倒のドラマを描く作品まで収録されているのです!!

戦時中の残酷な運命を描く「水木しげる漫画大全集 戦記短編集 幽霊艦長 他」は全国書店にて発売中です!
水木先生の実体験にも続くお話も多数収録された本作。
当時の水木先生の、当時報道されていた事実とされる出来事への苦言なんかは今読むとちょっぴりハテナマークがつくものもありますが……こういった作品も水木先生作品であることは確か。
それぞれの主義主張はともかくとしまして、これらの作品も収録されることに「大全集」の意味があるといえましょう!!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!