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今回紹介いたしますのはこちら。

「怪奇まんが道」第1巻 原作・宮崎克先生 漫画・あだちつよし先生 

集英社さん&ホーム社さんの集英社ホームコミックスより刊行です。

あだち先生は、85年にデビューの大ベテランの漫画家さんです。
格闘ものやアウトローものなどを得意とされており、武論尊先生や倉科遼先生と言った大物原作者とのタッグも多く経験されている実力派なのです!

そんなあだち先生と、「ブラックジャック創作秘話」で漫画家漫画の原作経験がある宮崎先生が組んで生み出される本作は、名だたるホラー漫画家さんの出自を描く作品です。
そのラインナップは、「黒魔術」というものをメジャーにしたと言っても過言ではない名作「エコエコアザラク」を生み出した古賀新一先生、悍ましくおどろおどろしい描写と物悲しいストーリーで多くの読者を引き込んだ日野日出志先生、「富江」「うずまき」といった映像化作品を多く生み出す伊藤潤二先生、90年代の少女ホラー漫画界を席巻した犬木加奈子先生という大物ぞろい!!
今回はそんな中から、本サイトでも何度も作品を紹介させていただいている伊藤潤二先生のエピソードを紹介したいと思います!!


真夜中に降りていく、地下へと続く階段。
少年は、姉に縋りつきながらその階段を降りていきました。
語りかけても、舌を見据えたまま一言も語らない姉……
地下に続く階段の先にある扉を開けると……そこは、闇の帳のおり切った外。
……これは、夢なのでしょうか。
いや、違いました。
そこは、いったん外に出なければいけないだけのおトイレ。
少年と姉が暮らしている家は、段差のある斜面に立っていたため、一回から階段を降りた先も外なのです。
そして姉が黙っていたのも、少年が小学6年生にもなっているのに、夜一人でこのトイレに行けない少年に怒っていたためでした。
……それが自分の恐怖の原体験だ、と語るのは、今やその独特の世界観で不動の人気を誇るホラー漫画家、伊藤潤二先生でした。
幽霊を見た、とかといったオカルティックな経験はない、と言い切ってしまう伊藤先生。
そんな伊藤先生が、漫画家に至るまでの道のりを語り始めてくれました。

自分が自身の著作のキャラクターの一人、「双一」のような子供だったという伊藤先生の出身は岐阜県中津川市。
自著「死びとの恋わずらい」の舞台のモデルとした街でした。
そんな街で、姉二人の下に生まれた伊藤先生は、非常に臆病ながらもホラー漫画の大好きな子供でした。
楳図かずお先生の「ミイラ先生」でオカルトに目覚め、古賀新一先生、日野日出志先生のファンとなって漫画を読み続けていた伊藤先生ですが、意外なことに漫画家になろうとは思ってもいなかったのだそうです。
趣味で漫画は描いていたものの、高校卒業後は流されるように専門学校へ進み、エスカレーター式に歯科技工士として就職。
ですが仕事が体に合わなかったのか、体調が悪化し、どんどんと痩せていってしまったのだそうです。
それとともに精神も弱っていってしまったのでしょう、このまま歳を重ねて死んでいくなんて一度しかない人生なのにもったいないなぁ、と思い始めていたその時のこと。
本屋さんで偶然見かけたホラー漫画専門誌「ハロウィン」を興味本位で手に取ってめくってみると、ホラー漫画の新人漫画賞「楳図賞」の募集記事が目につきました。
審査員には「魔界都市シリーズ」の菊地秀行先生や、怪談のパイオニア稲川淳二先生といった豪華なメンツに加え、賞の名にもなっている楳図先生の名前もありました。
それを見て、伊藤先生は思います。
漫画家になりたい……ではなく、
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楳図先生に僕の漫画を見てもらいたい!!と!
そして描き始めたのがあの衝撃作「富江」でした。
楳図先生に読むんでもらいたいと言うその一心で描き、応募した「富江」は……「佳作」。
第1回楳図賞の中で最高評価作品となったのです!!

初投稿で受賞という輝かしいデビューを果たした伊藤先生ですが、自分が漫画家としてやっていけるとは思えず、歯科技工士を続けます。
ですが流されやすいタイプだという伊藤先生、依頼されるまま2作目を執筆開始。
昼は歯科技工士、夜は時々同居していたお姉さんに手伝ってもらいながら漫画の執筆という2足の草鞋を履いていました。
幸い勤務先の社長が理解のある方で、早く帰宅させてくれたりもしたのですが……やはりそんな満足に休めない生活が続いては限界が来るというもの。
居眠り運転をしてしまい、危うく電信柱に突っ込みかけた、というような事件も体験し、3年後に歯科技工士を退職したのでした。

伊藤先生が会社を辞めたと聞いた編集さん、じゃあ連載できるね!といきなり漫画連載をすることに!
単行本も発行され、順調に漫画家としての道を歩んでいったのですが、同居していた姉の結婚を機に名古屋から引っ越すことになります。
が、そこでもまだ漫画家としてきっちりやっていく自信がなく、状況ではなく実家への出戻りを選択。
母やもう一人の姉に協力してもらいながら漫画家をつづけまして、この時が一番集中して漫画をかけていたと言います。
ちなみにこの頃描いたのが、子供のころ見た、
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老婆の首の付いた鐘のようなものにひもがぶら下がっていて、それが首を狙って飛んでくるという悪夢をもとに創作した名作「首吊り気球」。
その作品の会心の出来に、この一本が無事に描き切れたら死んでもいい、とまで思っていたのだそうです!
……が、なかなかなんでもうまいこと行くということはないもので。
田舎というのは良くも悪くも町内行事のようなものが多く、それらは締め切りが間近だったりしても構わず回ってくるのです。
23歳でデビュー、25歳で連載、その後も途切れなく作品を発表し続けていた、漫画家としては順調だった伊藤先生。
ようやくそこで上京して、漫画家として一人で暮らす決意をしたその時はもう、32歳だったのでした。

そんな「流されて」人気漫画家となって伊藤先生。
作品の生み出し方は、ストーリーありきのこともあれば、いい「絵」が思い浮かべばそれをオチに据えて考え始めることもある、とまちまちのようです。
しかし、「富江」を発想したきっかけだけははっきりと覚えているのだとか。
それは……「違和感」
恐怖ではなく、日常の違和感、それをホラー仕立てに飾っていく感じで作っていった「富江」……
そんな創作活動をしていると、時たま思うのだそうです。
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「死」って、いったいなんなんだろう。
「富江」を生み出したその日常の違和感、死とは何なのか、という疑問。
そのきっかけとなった事件を、伊藤先生は語り始めるのです……


というわけで、伊藤先生の原点を紐解くエピソードを収録した本作。
その順調な漫画家人生、そして割といろいろなところで語られている伊藤先生の漫画家になるまでのお話は、どうしても少々地味目ですが……それでも、ファンならば引き込まれる内容になっております!!
そして、ドラマティックな内容を求めるのならばそっち方面が充実しているお話もちゃんとありますのでご安心を。
日野日出志先生のお話は、先生の生い立ちや半生が非常にドラマチックでして、先生の作品に対する並々ならぬ情熱もあり、グイグイ引き込まれる内容になっています!!
オチもばっちり効いていまして、ドラマ面では間違いなく今巻の目玉と言って間違いないでしょう!!
一方、ホラー的な演出では古賀新一先生のエピソードに軍配が上がりましょう!
恐ろしいストーリーを考えれば考えるほど、恐ろしい悪夢にうなされる……
その悪夢の恐ろしい描写は必見!!
あの名物編集長の力強い言葉なんかも合わせて、力の入った作品になっています!
さらに犬木加奈子先生のエピソードは、犬木先生のサクセスストーリー的な、一番伝記のような味わいが濃いものに。
犬木先生のデビュー前の、とある先生との意外なつながりが判明したりと、興味深い内容なのです!

そんな各先生の過去を振り返る本作ですが、もう一つの目玉はあだち先生の描く、各先生の作品の描写!!
古賀先生、日野先生、伊藤先生、犬木先生と、それぞれ非常に個性的な絵柄を持っていらっしゃる先生方。
あだち先生はそんな多種多様な絵柄をかなり忠実に再現されているのです!!
日野先生のおどろおどろしさ、犬木先生のインパクト、古賀先生の禍々しさ……
そして個人的に一番すごいと思ったのは、伊藤先生作品の再限度!!
デビュー作の「富江」のころの素人っぽさ(失礼!)から、最終作のほうに近い同作品の妖しい美しさを持つ丁寧な筆致までを再現していらっしゃるんです!!
伊藤先生のエピソードは特にその再現シーンが多く、ファンの方なら正直これだけでも買う価値ありだと思います!!!

ちなみに本作、この巻収録分で一応は完結です。
が、単行本の売れ行き次第で第2部があるとのことですので……ホラー漫画ファンの皆様、ご興味があればぜひともお買い求めくださいませ!!!
個人的には、自伝を書いてらっしゃる水木しげる先生は置いておくとしまして、謎多き(?)御茶漬海苔先生や千野ナイフ先生、呪みちる先生編が読みたいです!!!


今回はこんなところで!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!